であえ!189X年表

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■「であえ!189X」と「正史」の歴史の違い

●であえ!189X での年表

1868~1870

鳥羽伏見の戦い 戊辰戦争が勃発する。

その 3 か月後の船橋市川戦争と五井戦争にて幕府軍は新政府軍を撃退し続ける事に成功していた。

奥羽越列藩同盟の増援が到着した事や、江戸幕府に対して帝政ロシアやアメリカが英仏を出し抜き防衛協定を結んだ事もあり、新政府は容易に手出しができず痛み分けでの終結を迎える。明治維新はかくも中途半端な結果で迎える事になる。

1870~1880年代

新政府と幕府による盟約により、千葉~上越を境に領地を設定し、戦争は一時終結。停戦条約は江戸城にて行われ新政府側へと無血開城された。

領地の境界線付近は非武装緩衝地帯とされ、経済特区「総武特区」として従来の文化と西洋文化が入り混じる中、在地の領民や商機とみて一旗揚げたい商売人たちによって復興が始まる。

一方で、征韓論を唱えた西郷らの反乱「西南戦争」が1880年代後半に勃発!
旧士族のうち反乱を生き残った者も含め、新政府憎しで幕府軍側へ合流する事になる。

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1890年代

戦争が残した傷跡は想定以上に深く、疲弊しきった両政府は境界線の警備や自治を地元の派閥に外注する始末。

その中でも武蔵(東京)と房総(千葉)の国境沿いには新政府側の「総武卍党」と幕府側の「大俵屋」の二大勢力が利権を握りたいがため、不穏な空気を漂わせていた。

●実際の明治維新(カッコ内は各エアガンの実銃が現れた年)

前史も日本史そのままとなります。

(タネガシマ・各種フリントロック・ダブルバレルショットガン・スペンサー騎銃)

1863-浪士組(新選組)結成、薩英戦争(ニューモデルアーミー)

1866-薩長同盟(レミントン・デリンジャー)

1867-大政奉還~王政復古の大号令 討幕の密勅

1868-鳥羽伏見の戦い 戊辰戦争始まる。江戸を東京に改称。船橋市川・五井戦争で房総半島も戦場に

1869-箱館戦争を以て戊辰戦争終結、東京に遷都

1871-廃藩置県→ここから士族階級の不満が湧く

1873-徴兵令始まる(SAA・ウィンチェスターM1873)

1874-佐賀の乱 ここから九州と山口で数年間にわたり士族の反乱が激化

1876-廃刀令 特権をほぼ失った士族の不満はピークに(SAA 民間への販売が本格化)

1877-西南戦争 ここに士族反乱は終結する。

1879-元18代アメリカ合衆国大統領U.グラント氏の来日(エンフィールドリボルバー)

1881-国会開設の勅諭

1884-秩父事件 西南戦争とは異なり、貧困を憂う富農や農民による武装蜂起事件。マキシム軽機関銃開発。

   ポール・ヴィエイユが「B火薬」と呼ばれる無煙火薬を発明。

1885-内閣制度の完成

1889-大日本帝国憲法の発布

1890-第一回衆議院選挙

1891-(モシンナガンM1891※M1891/30で代用可。狙撃眼鏡は無し)

1893-(東京砲兵工廠26年式拳銃)(ルガーP08の原型が完成)

1895-日清戦争(ウィンチェスターM1892、M1894)

1896-(モーゼルC96)

1897-三十年式歩兵銃、日本陸軍で採用(38式歩兵銃で代用可)(ウィンチェスターM1897ショットガン)

1898-(コルトニューサービス製造開始※想定銃としてコルトM1917で代用可)

​1899-(S&W M10リボルバー)